東シナ海・黄海、日本周辺におけるトラフグの分布・回遊及び系群
[要約]
標識放流調査、漁業者へのアンケート調査により、トラフグは日本周辺海域に広く分布し、特定の産卵場に回帰する可能性は極めて高いことが示された。このことから、東シナ海・黄海及び日本国周辺に分布するトラフグは、産卵場毎に異なる集団を構成することが明らかになった。
西海区水産研究所 東シナ海漁業資源部 底魚生態研究室
[連絡先] 095-833-2687
[推進会議] 西海ブロック
[専門] 資源生態
[対象] 魚類
[分類] 研究
[背景・ねらい]
トラフグ資源は1989年以降減少が著しく、主要水揚基地である下関唐戸魚市場への1996年以降の東シナ海・黄海産トラフグの水揚量は、最盛期である1970年代中期の20%に満たない。資源の維持・増大のためには資源解析に基づく適切な管理が急務である。資源解析に必要な年齢・成長・生残率などの生物学的特性は、同一種においても分布域や集団ごとに異なり、分布の把握と分布域内における異なる集団の有無や集団間の相互関係など集団構造の解明が必須である。本種の集団構造は十分に解明されておらず、分布についても主要漁場海域での研究はあるが、北海道周辺、関東以北の太平洋、最近注目されている日本海北部については分布時期や量、年齢構成などの詳細な知見は少ない。本研究では、日本国周辺海域と東シナ海・黄海に分布するトラフグの分布・回遊生態を明らかにするとともに各海域間の集団関係の解明をねらいとした。
[成果の内容・特徴]
- 日本周辺を28の海域に分けアンケートの回答を集計し、延縄や定置網等の主要漁法の漁期、漁協単位の平均的な年間漁獲量などについて比較した。トラフグは日本国周辺に広く分布するが、西日本の海域に多く、漁獲の多い海域の間に少ない海域があるなど量的に均一ではないこと(図1)、単一の集団が日本国周辺海域を大きく回遊するのではないことが示され、産卵場と回遊経路の異なる複数の集団が存在する可能性が示唆された。
- 索餌群への標識放流再捕結果から、東シナ海・黄海のトラフグは産卵期に西日本沿岸各地の産卵場に来遊し、産卵後は東シナ海・黄海で索餌することが推測された(図2)。
- 産卵群への標識放流再捕結果から、親魚が次の産卵期にも同じ産卵場へ来遊することが示され、トラフグが産卵回帰性を有する可能性は極めて高いと考えられた。
- 以上の結果と既存の標識放流結果の検討により、日本国周辺海域のトラフグは図3に示すような回遊パターンを持ち、産卵場毎に異なった集団を構成していると考えられた。
[成果の活用面・留意点]
資源の評価単位を決定する際の資料として活用され、評価精度の向上に役立つ。また、種苗の産地や発育段階に応じた放流適地の選定についての重要情報となる。産卵回帰性については更に詳細な調査・研究が必要である。また、瀬戸内海周辺海域と東シナ海・黄海の集団関係についても調査未着手の産卵場等があり、解明すべき点も多く残されていることから、今後も継続した調査が必要である。
[具体的データ]
図1 アンケート調査によるトラフグの漁獲量の分布
図1は日本周辺海域を28に分割し、各海域を漁場とする漁協単位の年間漁獲量の最大値の分布を示している。例えば、YEC(東シナ海・黄海)では年間漁獲量が10t以上の漁協があり、北海道周辺では年間漁獲量が1t以上の漁協はない。この様にトラフグは日本周辺に広く分布するが、量的には西日本が多い傾向を示し、漁獲が多い海域の間に少ない海域が存在するなど分布量は均一ではない。
図2 東シナ海・黄海における標識放流魚の再捕状況
図2に示したように東シナ海・黄海で放流した標識魚は、産卵期に西日本沿岸の産卵場近傍で、索時期には日本海西部~東シナ海・黄海で再捕されている。また、産卵場における標識放流により産卵親魚は同じ産卵場に複数年産卵回遊することが示され、産卵回帰性を有する可能性は極めて高いと考えられた。これらからトラフグの回遊は図3に模式化される。
図3 回遊パターン 有明海発生群を例にすると湾口が産卵場、有明海が成育場、東シナ海・黄海が索餌海域に相当する。
[その他]
研究課題名:東シナ海とその隣接海域におけるフグ類の生態の解明(8~10年)、東シナ海・黄海と隣接海域におけるフグ類及び主要底魚類の生物特性の解明(11~13年)
予算区分 :漁業調査
研究期間 :平成8~13年
研究担当者:伊藤正木
発表論文等:漁業協同組合へのアンケート調査結果から推定した日本周辺のトラフグの分布.水産増殖、48(1)、17-24(2000).東シナ海・黄海で実施した標識放流結果からみたトラフグの回遊生態、西水研研報、74号、73-83(1996).移動回遊から見た系群.「トラフグの漁業と資源管理」(多部田 修編)、水産学シリーズ111、恒星社厚生閣、東京、1997、pp.28-40.