天敵ウイルス利用によるヘテロカプサ赤潮防除
[要約]
貝類斃死の原因となる赤潮藻ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマに対して特異的に感染するウイルスの分離および培養系の確立に成功した。現在、国内特許を出願中である。
瀬戸内海区水産研究所 赤潮生物研究室
[連絡先] 0829-55-0666
[推進会議] 瀬戸内海ブロック水産業関係研究試験推進会議
[専門] 赤潮
[対象] プランクトン,ウイルス
[分類] 研究
[背景・ねらい]
1980年代末にわが国に突如出現し定着した新型赤潮原因プランクトン「ヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ(図1A)」は、カキ, アサリ, アコヤガイ等の貝類を選択的に攻撃し死滅させる性質を持ち、日本各地の貝類養殖産業に深刻な被害をもたらしてきた。従来まで知られていた赤潮プランクトンの多くは、主に魚類養殖に対して被害を与えるものであったが、新型赤潮生物ヘテロカプサの出現により魚類養殖のみならず貝類養殖も赤潮の脅威に曝されることとなった。1998年に広島名産の養殖カキにもたらされた未曾有の赤潮被害(被害額約39億円)はその一例である。
ヘテロカプサは、1988年夏に高知県浦ノ内湾で初めて確認されて以来、驚異的な勢いでその分布域を広げてきた。発生域の南端は熊本県、北端は福井県、東端は静岡県にまで達し、現在ではほぼ西日本全域がヘテロカプサの分布域となってしまった。これまでの分布域の拡大傾向に鑑み、今後のさらなる赤潮発生域の拡大ならびに諸外国での赤潮の発生が強く懸念されている。このため、貝類養殖業を抱える各地方自治体からは、安全かつ効果的な赤潮対策に関する迅速な研究開発が強く望まれている。
[成果の内容・特徴]
- 西日本沿岸域(福岡県・兵庫県)より採取した海水試料から、ヘテロカプサ細胞に対して感染し死滅に導く球形2本鎖DNAウイルス(HcV: Heterocapsa circularisquama virus)を分離した(図1B)。渦鞭毛藻を宿主とするウイルスの培養系の確立は、本例が世界で最初である。
- HcVは、宿主であるヘテロカプサの細胞質内で増殖し(図1C, D)、感染から約40-56時間後には1細胞あたり1800~2440個の子孫ウイルスを環境中に放出する(図2)。
- HcVは、試験に用いたヘテロカプサ以外の植物プランクトン24種に対して殺藻性を持たず、ヘテロカプサのみを特異的に殺滅した(表1)。
- HcVを接種した場合でも、一部の細胞は生残した。これは細胞の生理状態による抵抗性の違いによるものと推察された。
- 宿主の感受性は、定常期よりも対数増殖期において明らかに高かった。
- 本発明は「赤潮プランクトンに特異的に感染して増殖・溶藻しうるウイルス、該ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤、並びに該ウイルスの単離方法及び継代培養方法」として国内特許を出願中である(特願2000-47958号)。
[成果の活用面・留意点]
特研(有毒プランクトン)で発見された本成果は,新エネルギー・産業技術総合開発機構による平成12年度産業技術研究事業による助成を受け,ウイルスを用いた赤潮防除技術としての実用化を図るための基礎研究が現在進められている。また,SDSバイオテック社(株)では、HcVの製剤化を目指した研究が、農林水産新産業技術開発事業による助成により進められつつある。
[具体的データ]
[その他]
研究課題名:赤潮プランクトンの出現・消滅機構の解明
予算区分 : 経常
研究期間 :平10~14年
研究担当者:山口峰生,板倉 茂,長崎慶三
発表論文等:
・Tarutani, K., K. Nagasaki, S. Itakura, M. Yamaguchi. Isolation of a virus infecting the novel
shellfish-killing dinoflagellate Heterocapsa circularisquama. Aquat. Microb. Ecol. in press.
・長崎慶三. ウイルスを用いた有害赤潮プランクトン「ヘテロカプサ」の防除に向けて. 潮流 26, 36-39 (2000).