国立研究開発法人 水産研究・教育機構

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多年生ホンダワラ類ノコギリモクにおける不定胚の形成とその成長・成熟

[要約]
多年生ホンダワラ類ノコギリモクの発生初期の葉において,初めて大量の不定胚を形成させた。形成された不定胚は発芽し,正常に成長・成熟した。不定胚からの発芽体は室内における大量増殖・長期保存が可能であり,従来天然種苗に頼っていたホンダワラ類の増殖において,人工種苗の大量生産への道が開かれた。(不定胚:植物の体細胞から生ずる1種の胚)


瀬戸内海区水産研究所 瀬戸内海海洋環境部 藻場・干潟生産研究室

[連絡先] 0829-55-0666
[推進会議]瀬戸内海ブロック
[専門]  魚介藻生理
[対象]  藻類
[分類]  研究

 

[背景・ねらい]
 ホンダワラ類藻場の造成において,種苗の確保が重要であるが,これは現在のところ配偶子の受精 の結果母藻から放出される天然種苗(幼胚)に依存している。天然種苗の採集には季節的制約や、か かる労力が大きかった。人工種苗の大量生産技術が確立されれば非常に有益であると考えられる。


[成果の内容・特徴]
 ノコギリモクの幼胚は発芽した後,茎葉という葉を連続的に形成する(図1A)。広島湾産のノコギ リモクの幼胚をフラスコ内において培養したところ,4ヶ月後に茎葉上に多数の不定胚を形成する株 が出現した。形成後,不定胚は速やかに茎葉上で発芽した(図1B)。通気を行うと,不定胚の形成・発 芽が促進され,藻体自体が多数の発芽体の集合体となった(図1C,D)。発芽体は母藻から容易に剥離 し,その形態は受精した幼胚からの発芽体と同一であった(図1E)。剥離した幼胚を更に培養すると, 1週間以内に仮根を形成して培養容器に固着した(図1F)。この発芽体を屋外水槽にて培養すると, 1年後に全長約1mの成体に成長し,成熟した(図1G)。従って不定胚から生産された種苗も,天然の 種苗に劣らない成長・成熟能を有することが証明された。


[成果の活用面・留意点]

  • 不定胚の活用によって,大量のノコギリモクの人工クローン種苗を短期間で生産することができる。 また,不定胚からの発芽体は培養庫内において活性を維持した長期保存が可能であり,天然の幼胚と 比較して藻場造成用種苗確保の季節的制約は大幅に軽減される。
  • ホンダワラ類では雌雄配偶子による有性生殖が主要な繁殖方法である。今回観察されたノコギリモ クが茎葉において自発的に不定胚を形成し,発芽体が散布されるという現象は従来知られていなかっ た新しい生活史の存在を示唆するものであり,ホンダワラ類の生物学においても興味深い。
  • 不定胚形成が「株」としての遺伝的特性であるのか,あるいは培養中の何らかの環境要因により誘 発されたのかどうかは確認していない。不定胚による人工種苗の生産を安定的に行うためには,前者 の場合形質の固定が,後者の場合は誘発要因の解明が必要であると思われる。
  • 現在ホンダワラ類について不定胚形成能が確認されているのは広島湾産のノコギリモクのみであり, 他海域の同種や他の有用種についても同じような能力が有るのかどうか確認する必要がある。


[具体的データ]

図1

図1
A:幼胚から培養したノコギリモク幼体(4ヶ月後)
B:茎葉からの不定胚の発芽、C:発芽体に覆われる茎葉
D:通気して得られた発芽体の集合体
E:母藻から剥離した発芽体
F:固着し、成長する発芽体
G:屋外水槽で培養し・成熟した不定胚からの人工種苗


[その他]
研究課題名:大型藻類の成長・形態形成と環境要因との関係の解明
予算区分 :経常研究
研究期間 :平成10~11年度
研究担当者:吉田吾郎・寺脇利信・吉川浩二
発表論文等:
G. Yoshida, T. Uchida, S. Arai and T. Terawaki, Development of adventive embryos in cauline
      leaves of Sargassum macrocarpum (Fucales, Phaeophyta), Phycol. Res., 47,
      61-64, 1999. 
G. Yoshida, N. Murase and T. Terawaki, Comparisons of germling growth abilities under various
      culture conditions among two Sargassum horneri populations and S. filicnum
      in Hiroshima Bay, Bull. Fish. Environ. Inland Sea, 1,45-54,1999.