遠く離れた沖合で陸起源の低塩水を発見
公表日:2024年6月24日
研究実施者:水産資源研究所水産資源研究センター海洋環境部 和川 拓ほか
河川水は淡水を沿岸域へ供給し、海洋環境および生物生産活動に影響を与えています。東北・北陸地方の日本海側には流量の大きな河川が存在するため、特に春季には雪解け水により淡水の供給量が増加します。この淡水は栄養塩類を多く含み、日本海の沿岸生態系および水産資源を豊かにしていますが、これまで河川から供給される淡水の影響範囲は、陸岸から沖合30 km程度に限定されると考えられてきました。
水産研究・教育機構水産資源研究所を中心とした研究チームは2016年の春季に水中グライダー*1を日本海の東北海域に投入し、東北沿岸から200 km以上離れた沖合域に、周辺の海域よりも著しく塩分が低い、大量の低塩水を観測しました(Wagawa et al., 2020)#。本研究ではこの沖合に見いだされた低塩水の形成機構を明らかにすることに取り組みました。
高解像度な流動シミュレーションの解析により、2016年春季に低塩水は直径70 km程度の時計回りの中規模渦に掻き出され、効率的に沖合まで運ばれていることがわかりました。この沿岸水の沖合流出には大きな経年変動があり、前年の秋季~冬季に沖合域が広く低塩傾向で、対馬暖流沿岸分枝が弱く沖合分枝が強い時によく見られることがわかりました。また、沖合への低塩水輸送量と空間平均した相対渦度*2の経年変動がよく一致することから、低塩水の沖合流出メカニズムに中規模渦が関係していることが示されました。次に、秋田県沖の長期間の海洋環境観測データを解析したところ、低塩水が沖合へ流出している水平・鉛直構造とその経年変動を実証することができました。さらに、衛星画像によるクロロフィルa濃度の解析では、沿岸域だけでなく低塩水が輸送された沖合域でも植物プランクトンのブルームが発生しており、河川に起源をもつ栄養が豊富な低塩水が遠く離れた沖合域における基礎生産を促進させる可能性が示されました。
沖合に輸送された低塩水が植物プランクトンの増殖を引き起こし、海洋の基礎生産を活発化させると、魚の餌環境、漁場形成にも大きな影響を与えると示唆されることから、沿岸から沖合を繫ぐ新たな研究の進展が今後期待されます。
本研究は日本学術振興会「科学研究費補助金:遠く離れた沖合域への河川水流出プロセス解明と生物生産へのインパクト評価(課題番号22K03729)によって実施されました。
この研究成果は、『Scientific Reports』誌の2024年6月24日付のオンライン版に掲載されました。
Wagawa, T., Igeta, Y., Sakamoto, K., Takeuchi, M., Okuyama, S., Abe, S., and Yabe, I. Freshwater spreading far offshore the Japanese coast. Scientific Reports 14, 14508 (2024). https://doi.org/10.1038/s41598-024-63275-6
# Wagawa et al. (2020) Journal of Marine Systems 201, 103242 doi.org/10.1016/j.jmarsys.2019.103242
図.低塩水の沖合流出メカニズムの模式図。左図は、前年の秋季~冬季に沖合域が低塩(ドット領域の濃淡は高–低塩分を表す)で春季に対馬暖流沿岸分枝が弱く沖合分枝が強いときに、中規模渦が形成されることで、河川水に由来する低塩水が沿岸から沖合へ流出されることを示す。右図は沖合流出が発生しない場合の低塩水と対馬暖流の位置を示す。
用語解説
*1 水中グライダー
自律型無人潜水機の一種。浮力を変えることで上下移動しながら前進し、海洋の物理的、化学的、生物学的なデータを収集する。長期間かつ広範囲にわたる観測が可能で、近年の海洋研究において重要なツールとなっている。
*2 相対渦度
流体の渦の強さを示す尺度。特に海洋や大気の流れにおいて、回転運動の度合いを定量化するために使用される。流体の回転や循環の特徴を理解するために重要。北半球では、相対渦度が負の場合は時計回りの高気圧性渦、正の場合は反時計回りの低気圧性渦を示す。