国立研究開発法人 水産研究・教育機構

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魚類の糞便で健康診断:有害化学物質による魚へのストレス影響を「触らず・殺さず」に検出する手法を開発

公表日:2020年8月20日

 

研究実施者:水産技術研究所 環境・応用部門 環境保全部 羽野健志ほか

 環境ストレス(有害化学物質)下で飼育したマダイの糞便を詳細に調べた結果、ストレスの影響と関連付けられる変化が確認されました。本研究により、魚を「触らず・殺さず」に健康状態を糞便で診断する手法の確立に向けた端緒的な成果が得られました。

 近年、生物体の健康状態が、腸内細菌叢、及び腸内環境と密接に関連していることが分かってきています。水産技術研究所 環境・応用部門の研究チームは、腸内環境の通行手形でもある「糞便」に着目し、魚の健康状態を診断する手法の開発を進めています。

 本研究では体長約12センチメートルのマダイを2つのグループに分け、一方は有害化学物質フェナントレン注1(Phe)を添加した海水で16日間飼育した後に清浄海水に移し、さらに13日間飼育しました(以下Phe区)。他方はPhe無添加の清浄海水で同じ期間(29日間)飼育(以下、対照区)しました。試験期間中、糞便を定期的に採取し、糞便の外観、成分(代謝物)、腸内細菌叢による有機物の利用性、及びその種組成の変化を調べました(図左)。

 Phe区では試験開始6日目に緑色を呈した異常糞便が観察されましたが、興味深いことにPhe添加海水で飼育しているにもかかわらず13日目には通常の糞便の色に戻りました(図右上段)。さらに、清浄海水中に戻すと糞便は色だけでなく、成分も正常に近い状態に回復しました。

 採取した糞便を調べた結果、プトレシン注2(Ptr)の利用性の上昇、糞便中のPtr減少が観察されました(図右中段)。Pheに対応するため、餌料中のPtrの必要性が高まった結果と推察されます。さらに、石油成分分解能を持つAlteromonas属の細菌が増加するなど、腸内細菌の構成が大きく変化しました(図右下段)。

 以上の結果、腸内環境およびその細菌叢は、環境ストレス(Phe)により変化し、ストレスに適応するうえで重要な役割を担っていることが明らかとなりました。さらに、糞便の分析により魚の健康状態を「触らず・殺さず」に診断するための端緒的な成果が得られました。

注1:石油毒性成分の1種で、油流出事故等の海難事故時に海域汚染の原因となる物質。
注2:生理活性アミンの1種で抗酸化作用を持つ。

本研究は科学研究費(16H14964)の助成を受けて行いました。

この研究成果は、Hano et al., “Alterations of stool metabolome, phenome, and microbiome of the marine fish, red sea bream, Pagrus major, following exposure to phenanthrene: A non-invasive approach for exposure assessment”として国際的な環境系雑誌『Science of the Total Environment』に、2020年8月20日付のオンライン版に掲載されました。https://doi.org/10.1016/j.scitotenv.2020.141796

図
(右上段)糞便の外観。矢印:緑色化した糞便。(右中段)糞便中プトレシンの相対量(A)、プトレシンの相対利用性(B)、(右下段)属レベルでの糞便中腸内細菌叢の構成。石油成分分解能を持つAlteromonas属などが増加している(6日目 棒グラフ ” * ” で記載)。