冬季の有明海湾奥西部域の高濁度域における珪藻の増殖環境
論文公表日 2019年5月27日
研究実施者:水産技術研究所 環境応用部門 沿岸生態システム部 有明海・八代海グループ
山口 聖ほか
養殖ノリの色落ちの原因となる珪藻赤潮の発生メカニズム解明のため、有明海湾奥西部の河口域から沖合域において、光環境と栄養塩環境を調査し、高濁度域であっても干潮時の沖合域には珪藻の増殖に好適な環境が形成されることを明らかにしました。
冬季の有明海における珪藻赤潮の発生は、海水中の栄養塩濃度を低下させ、養殖ノリの色落ちに繋がることから大きな問題となっています。有明海は、遠浅で干満差が大きく、濁った海という特徴がありますが、そのような海域での珪藻の増殖環境は不明な点が多いのが現状です。
本研究では、有明海湾奥西部の塩田川・鹿島川河口域からその沖合域において、珪藻赤潮の発生期間に、満潮時の広域調査と沖合の定点における10時間の連続観測を行い、植物プランクトンの増殖に重要な光環境と栄養塩環境を調査しました。
広域調査の結果、満潮時の河口域上流部は河川水の供給により栄養塩濃度は高く、珪藻も高密度で存在していましたが、濁度が高く、有光層深度*/水深(zeu/z)比も0.1~0.3程度と低い値でした。このことは、多くの珪藻が光環境の悪い有光層下に存在していたことを示唆します。一方で満潮時の沖合域は、濁度が低く、zeu/z 比も0.5~0.9と高い値でしたが、栄養塩濃度が低いために、珪藻の増殖が制限されていると考えられました。沖合域における連続観測の結果、満潮から干潮にかけて塩分が低下し、栄養塩濃度と濁度が上昇したことから、下げ潮に伴う河口域上流部の水塊の沖合域への移動が示唆されました。濁度の上昇により有光層深度は浅くなりましたが、水深が浅くなったことでzeu/z 比は高い値となり、水中の大部分が有光層となっていました。このことから、干潮時の沖合浅海域は、高栄養塩、好光環境下にあり、珪藻の増殖に適した環境であることが示唆されました。増殖に好適な環境が形成される干潮が昼間にくる期間を調べた結果、有明海では年間を通して小潮から大潮の潮回りで干潮が昼間に来ることから、この潮回りは珪藻の増殖に適した期間であることが示唆されました。本研究の結果は、有明海における珪藻赤潮発生のメカニズム解明に寄与することが期待されます。
*有光層深度・・・光が届き植物プランクトンが増殖できる水深のこと。
本成果は、国際科学雑誌「Journal of Oceanography」75 (2019) 463–473に掲載され、2022年度日本海洋学会日高論文賞を受賞しました。
満潮時(左)と干潮時(右)での栄養塩環境と光環境を比較した図
満潮時の上流部は、栄養塩濃度は高いが、濁っているため有光層深度は浅く、活発な潮汐混合により昼間であっても珪藻が有光層内に留まれる時間は短いことが予想される。干潮時には、高栄養塩の水塊が沖合域まで移動し、さらに水深が浅くなったことで有光層が底層付近まで到達するようになり、珪藻の増殖に好適な水塊が形成される。