国立研究開発法人 水産研究・教育機構

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病性鑑定資料

1. コイヘルペスウイルス病の概要

(1)病名と病原体

  1. 病名:コイヘルペスウイルス病(英名:Koi herpesvirus disease)
  2. 病原体:Cyprinid herpesvirus 3 (=Koi herpesvirus (KHV))
    アロヘルペスウイルス科シプリニウイルス属に属する。本ウイルスは、コイのウイルス性乳頭腫症ウイルスCyprinid herpesvirus (CHV)(=Cyprinid herpesvirus 1)やキンギョ造血器壊死症ウイルスGoldfish hematopoietic necrosis virus (GFHNV)(Cyprinid herpesvirus 2)とは、異なるウイルスである。

(2)発生地域

 イスラエル、ヨーロッパ諸国、米国、東南アジア諸国等で報告されている。

(3)宿主域

  1. マゴイ(Cyprinus carpio carpio)およびニシキゴイ(Cyprinus carpio koi)
  2. これまでの感染実験では、キンギョおよびソウギョでは発病しないことが知られており、ウイルスキャリアーになる可能性についても、一般に低いものと考えられている。

(4)発生の特徴

  1. マゴイ、ニシキゴイで感受性に差はなく、幼魚から成魚まで発生する。一方、ふ化仔魚には感染しない。
  2. 20-25℃程度の水温で発生し、致死性が高く、累積死亡率が100%に達することもある。発生は水温の影響を受ける。13℃以下の水温では死亡が見られないが、感染したウイルスは魚体内で長期間生存し、水温の上昇とともに発病する。
  3. 人為感染では16℃で感染した魚は長期間ウイルスを輩出する。また、20-25℃の場合と比較して28℃での死亡率は低く、29℃では死亡は認められない。
    一方、28℃での死亡率は20-25℃の水温と比較して低下し、29℃以上では死亡は認められない。
  4. 河川の上流の養魚場で発生した後、下流の養魚場でも大発生を起こした事例が知られ、本病の伝染性は強い。また、感染耐過魚からウイルスが排出される可能性が指摘される。

(5)症状

 病魚は、行動が緩慢となり、しばしば平衡感覚の失調をきたし、摂餌不良となる。背鰭をたたむことが多くなり、鰭条の間の組織が崩壊して鰭が破れて見えることもある。外観的には本病の特徴は鰓の変化であり、鰓の退色、びらん、イクチオボドやトリコジナなどの原虫や滑走細菌などの細菌の二次感染がしばしば見られる。ただし、これら鰓の顕著な肉眼的変性は2次感染等によるもので、KHVにより直接引き起こされたものではない。その他には、鰓基部や体表のうっ血および出血、体表の部分的褪色や黒化、粘液の異常分泌あるいは眼球の落ち込みなどが観察される。実験感染魚では体表粘膜上皮の剥離が顕著に見られる。特徴的な剖検所見は乏しく、内臓の癒着が見られる程度である。

(6)組織病理学的所見

 ウイルス感染細胞の核は仁が消失し内部がしばしば無構造化、場合によっては肥大する。電顕観察ではこのような核の内部にはキャプシドが多数認められる。In situ hybirdizationではこのような核の内部にウイルス遺伝子が検出される。染色質は核の縁辺部に濃縮する。時間が経つと核内部に弱好酸性の封入体が観察される場合もある。感染細胞は最初に表皮に現れ、次に鰓、さらに腎、脾、消化管等の内部臓器に出現し、最後に中枢神経に現れる。最も病変が顕著なのが表皮であり、しばしば広範囲に剥離し、出血を起こす。鰓では上皮細胞の増生が起こり、顕著な場合には二次鰓弁が癒合して鰓弁が棍棒状化する。ただし、鰓にこのような著変が観察されない場合もある。また、鰓では細菌や原虫の二次感染による腐敗やびらんが生ずることもある。内部臓器では一部で炎症が見られるが、組織の壊死や崩壊が広範囲に見られることはない。

(7)消毒

 オートクレーブによる滅菌、アルコールや塩素消毒など一般的なウイルスの消毒法に準ずる。

(8)防除法

 一般的なウイルスの防除法に準ずる。

2.試料採取法

(1)被検魚の収集

  1. 被検魚の収集から採材まではできるだけ速やかに行うことが望ましく、できれば発生現場で臓器試料を摘出する。摘出した臓器試料は、個体ごとに無菌の密閉可能な容器に収容し、検査機関へ直ちに氷冷または冷蔵状態で運搬する。ウイルスが不活化するため、臓器試料の凍結は好ましくないが、やむを得ず送付まで保存する場合は、試料を-80℃に凍結保存後、凍結した状態で輸送する。
  2. 被検魚を検査機関まで輸送する場合は、検査対象魚を発生現場で即殺後、個体ごとに無菌の密閉可能な容器に収容し、氷冷または冷蔵状態で48時間以内に輸送する。運搬の際、被検魚が凍結することのないように注意する。
  3. 被検魚として死魚しか入手できない場合は、なるべく新鮮な個体を採取し、個体ごとにビニール袋などで密閉包装して氷冷または冷蔵状態で搬送する。この場合も、運搬の際、被検魚が凍結することのないように注意する。
  4. 臓器試料または被検魚には、採取場所、日時、個体あるいは試料番号、魚体長および体重などの情報を明記したラベルを添付する。

(2)外観症状および剖検所見の記載

  1. 外観症状を記載する。特に鰓の所見に注意する。鰓に寄生する原虫、細菌などを顕微鏡により観察し、記録する。
  2. 解剖後、剖検所見を記載の上、検査に必要な部位を採材する。

(3)ウイルス検査のための臓器試料の採材

  1. 臓器採材が困難な稚仔魚
    できる限り筋肉部位を取り除き、魚全体を試料とする。
  2. 臓器採材が可能な魚
    鰓、腎臓および脾臓を試料とする。

3.診断手順

(1)PCR法1

1. 準備

(a)採取した病魚試料

(b)PCR法使用機器および試薬(サーマルサイクラー、マイクロピペット、エッペンドルフチューブ、酵素・試薬類、電気泳動装置および試薬類など)

(c)プライマー

KHV SphⅠ-5F:5’-GACACCACATCTGCAAGGAG-3’

KHV SphⅠ-5R:5’-GACACATGTTACAATGGTCGC-3’

増幅産物サイズ:292bp

2. 手技

(a) 適量の病魚試料(QIAamp DNA Mini Kit, Qiagenを使用する場合には15~20mg湿重量)を採取し、市販のDNA抽出キットにより拡散抽出する。抽出法などは、使用するキットのマニュアルに従う。

(b) PCR反応液は市販のPCRキットを用いて作製する。MgCl2およびdNTPの分量はキットのマニュアルに従い、プライマーは終濃度でそれぞれ0.5μMとする。

Takara Ex Taq Hot Start Version (Takara)を用いた際の反応液1検体分の組成と容量を下記に示す。

(試薬) (容量) (終濃度)
10x buffer 2μl 1x
dNTP 1.6μl  
上流プライマー(50μM) 0.2μl 0.5μM
下流プライマー(50μM) 0.2μl 0.5μM
Takara Ex Taq 0.1μl  
テンプレート(検体) 1μl  
精製水 14.9μl  
合計 20μl  

(c)抽出した核酸、陽性対照DNAおよび陰性対照(精製水)をテンプレートとして下記のプロトコルでPCR反応を行う。

初期変性 94℃ 30 sec
(以下、変性、アニーリング、伸長を40サイクル)
変性 94℃ 30 sec
アニーリング 63℃ 30 sec
伸長 72℃ 30 sec
(サイクル終了)
最後の伸長 72℃ 7 min

(d) PCR終了後、増幅産物を適当なDNA分子量マーカーとともに2%程度のアガロースゲルで電気泳動を行う。

(e) 臭化エチジウムまたはその他の核酸染色試薬の存在下、トランスイルミネーターにより292bpのバンドの有無を観察する。

3. 判定

目的のバンドが検出された個体を陽性、検出されなかった個体を陰性と判定する。

PCR法2

1. 準備

(a)採取した病魚試料

(b)PCR法使用機器および試薬(サーマルサイクラー、マイクロピペット、エッペンドルフチューブ、酵素・試薬類、電気泳動装置および試薬類など)

(c)プライマー

KHV TK F:5’-GGG TTA CCT GTA CGA G-3’

KHV TK R:5’-CAC CCA GTA GAT TAT GC-3’

増幅産物サイズ:409bp

2. 手技

(a)採取した病魚試料を適当なPCR用DNA抽出キットにより核酸抽出する。抽出法などは、使用するキットのマニュアルに従う。

(b) PCR反応液は市販のPCRキットを用いて作製する。MgCl2およびdNTPの分量はキットのマニュアルに従い、プライマーは終濃度でそれぞれ0.1μMとする。

Takara Ex Taq Hot Start Version (Takara)を用いた際の反応液1検体分の組成と容量を下記に示す。

(試薬) (容量1) (容量2) (終濃度)
10x buffer 2.0μl 5.0μl 1x
dNTP 1.6μl 4.0μl  
上流プライマー(10μM) 0.2μl 0.5μl 0.1μM
下流プライマー(10μM) 0.2μl 0.5μl 0.1μM
Takara Ex Taq 0.1μl 0.25μl  
テンプレート(検体) 1μl 2.5μl  
精製水 14.9μl 37.25μl  
合計 20.0μl 50.0μl  

最終液量20μlの系で2.5μlのテンプレートを加える場合には、精製水を13.4μlとする。

(c)抽出した核酸、陽性対照DNAおよび陰性対照(精製水)をテンプレートとして下記のプロトコルでPCR反応を行う。

初期変性 94℃ 5 min
(以下、変性、アニーリング、伸長を40サイクル)
変性 95℃ 1 min
アニーリング 55℃ 1 min
伸長 72℃ 1 min
(サイクル終了)
最後の伸長 72℃ 10 min

(d) PCR終了後、増幅産物を適当なDNA分子量マーカーとともに2%程度のアガロースゲルで電気泳動を行う。

(e) 臭化エチジウムまたはその他の核酸染色試薬の存在下、トランスイルミネーターにより分子量409bpのバンドの有無を観察する。

3. 判定

目的のバンドが検出された個体を陽性、検出されなかった個体を陰性と判定する。

LAMP法方法

1.準備

(a) 採取した病魚試料

(b) LAMP法使用機器および試薬

  • ホモジナイザーペッスル
  • 検体処理用およびマスターミックス調製用滅菌チューブ(0.5mLまたは1.5mL)
  • ピペット(0.5-10μL、10-100μL、100-1,000μL)
  • フィルター付きチップ
  • 反応チューブ冷却用アルミ製ラック
  • 氷(クラッシュアイス)およびアイスボックス
  • 微量簡易遠心機
  • 8連マイクロチューブ用簡易遠心機
  • ボルテックスミキサー
  • Loopamp反応チューブ
  • 簡易抽出処理用TE Buffer(10mM Tris-HCl, 1mM EDTA, pH8.0)
  • 市販のDNA分離試薬(DNeasy Tissue Kit; Qiagen社製など)
  • Loopampプライマーセット
  • KHV Loopamp
  • DNA増幅試薬キット中の 2X Reaction Mix (RM)・Bst DNA Polymerase(Bst DNA Polymerase)・Distilled Water (DW)
  • Loopampリアルタイム濁度測定装置(LA-320C、RT-160C)(リアルタイム濁度検出の場合)
  • 紫外線照射装置(波長240~260nm、350~370nm)(蛍光目視検出の場合)
  • 広幅の眼鏡または防護面(蛍光目視検出の場合)
  • Loopamp蛍光・目視検出試薬(蛍光目視検出の場合)
  • Loopampリアルタイム濁度測定装置(LA-320C、RT-160C)またはインキュベーター(温度精度が±0.5℃以内: ホットボンネット付)(蛍光目視検出の場合)
    ※インキュベーター使用の場合は、別途反応停止用ヒートブロックが必要。

(c) プライマー

KHV-FIP:5’-CCC-AAA-CCC-AAG-AAG-CAG-AAA-CCC-GTT-GCC-TGT-AGC-ATA-GAA-GA-3’

KHV-BIP:5’-CAC-TCC-TCC-GAT-GGA-GTG-AAA-CTG-CCC-ATG-TGC-AAC-TTT-G-3’

KHV-F3:5’-CTG-TAT-GCC-CGA-GAG-TGC-3’

KHV-B3:5’-AAC-TCC-ATC-GCC-GTC-ATG-3’

KHV-LF:5’-CCC-GCC-GCC-GCA-3’

KHV-LB:5’-TGG-AAC-TGT-CTG-ATG-AGC-GT-3’

2. 手技

(a) 検体の調製

【市販の DNA 分離試薬(DNeasy Tissue Kit;Qiagen 社製など)を用いる場合】

抽出方法などは、使用するキットのマニュアルに従う。

DNA 抽出サンプルは、95℃で 5 分間加熱処理し、氷上で保存する。

【LAMP 法簡易抽出試薬を用いる場合】

検体前処理用滅菌チューブに採取した魚病試料 5-10mg を入れ、TE buffer 100 μL を加えてホモジナイザーペッスルを用いて組織を均一化する。 Ex F 100 μLを加えキャップを閉めてボルテックスミキサーで混和する(1秒間×3回)。微量簡易遠心機で数秒間遠心(以下、スピンダウン)し、95℃で 5 分間加熱処理する。 1M Tris-HCl:pH 7.0 10 μL を加えてボルテックスミキサーで混和する。混和後、室温で 2,000 × g 以上で 30 秒間遠心し、氷上に移し、上清をサンプル 溶液とする。

※簡易抽出法を用いた場合は、市販の DNA 分離試薬を用いた場合に比べて感度が 1オーダー程度低下する可能性がある。

 

(b) マスターミックスの調製

20℃で保存していた各試薬を室温で解凍し、解凍後は直ちに氷上で保存する。

別途用意したマスターミックス調製用滅菌チューブに Loopamp DNA 増幅試薬キットの 2 × Reaction Mix(RM)、Bst DNA Polymerase、Distilled Water(DW)と、Loopamp プライマーセット KHV の Primer Mix  KHV(PM KHV)を下表の割合で分注する。 ピペッティング又はキャップを閉めた上で軽く数回叩くこと(以下、タッピング)により良く混合した後、スピンダウンする。

※調製したマスターミックスはすぐに使用すること。

  1test分 10tests分
2 × Reaction Mix.(RM) 12.5μl 125μl
Primer Mix. KHV(PM KHV) 2.5μl 25μl
Bst DNA Polymerase 1.0μl 10μl
Distilled Water(DW) 4.0μl 40μl
合計 20.0μl 200μl

【蛍光目視検出の場合】

上記マスターミックスのDistilled Water(DW)4μLのうち、1.0μLをLoopamp蛍光・目視検出試薬とし、Distilled Water(DW)を 3.0 μL加えて合計 20.0 μL とする。

 

(c) サンプルの混合

サンプルの混合 氷上に置いた Loopamp 反応チューブにマスターミックス 20 μLを分注する。

サンプルの DNA、並びに陰性コントロールとして Distilled Water(DW)を、陽性コントロールとして Positive Control KHV(PC KHV)を 5 μL 添加し、全量 25 μL とする。 ピペッティング又はキャップを閉めた上でのタッピングにより良く混合した後、8 連マイクロチューブ用簡易遠心機でスピンダウンする。

※混合の際には気泡が立たないように注意する。

※反応チューブにサンプル溶液が添加されていることを目視で確認すること。

 

(d) 増幅反応および検出

Loopamp リアルタイム濁度測定装置、又はインキュベーター(温度精度が± 0.5℃以内:ホットボンネット付)を 65℃に設定し、表示温度が設定温度に達していることを確認する。 分注済みの反応チューブをセットし、65℃で 60 分間インキュベートする。 増幅反応後にヒートブロックを用いて酵素失活操作(80℃、5 分間又は 95℃、2 分間)を行って反応を停止させる。

※リアルタイム濁度測定装置の場合、酵素失活は自動処理される。インキュベーターを用いる場合は、別途必ず酵素失活操作を行うこと。

【Loopamp リアルタイム濁度装置による検出】

装置の表示画面上で陽性コントロールと陰性コントロールの濁度の上昇の有無を確認する。陽性コントロール(Positive Control KHV(PC KHV))で濁度が上昇し、陰性コントロール(Distilled Water;DW)で濁度が上昇していなければ、増幅反応は正常に進行している。それ以外の場合には、増幅反応が適切に進行していない可能性があるため、試薬調製からの再検査を実施する必要がある。

次に、各検体の判定を行う。増幅反応時間内(60 分 間)に濁度の上昇が認められた場合を「陽性」、濁度の上昇がみられない場合を「陰性」とする。

※ 検体によって濁度上昇開始時間や濁度上昇値が陽性コントロール(Positive Control KHV(PC KHV))と異なる場合がある。

【蛍光目視による検出】

判定は、紫外線照射装置(波長 240-260nm、350-370nm)を用いて反応チューブ底面より紫外線を照射して反応チューブの側面より観察し、陽性コントロール(Positive Control KHV(PC KHV))と同様に緑色の蛍光を発すれば陽性、陰性コントロール(Distilled Water;DW)と同様に蛍光を発しなければ陰性と判定する。

観察は、目を眼鏡等で保護した状態で行う。 記録する場合は、電気泳動撮影用カメラ等を用いる。

※検体によって、陽性コントロールよりも強く蛍光を発することがあるが、蛍光の強さと検体のコピー数の間に相関はない。

※地下水など重金属イオンを多量に含む飼育水で飼育された病魚試料を用いた場合、蛍光反応が阻害される可能性がある。

※紫外線照射装置を用いた判定が明確でない場合は、 市販のブラックライトを反応チューブ底面にあてて、チューブ側面より観察する、 蛍光灯下で肉眼観察する、電気泳動撮影用カメラで撮影し観察するなどの方法を適宜用いる。

4.参考文献

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