鯨類の標識手法、あの手この手
[要約]
捕獲禁止などの制約の下で、鯨類にあの手この手の標識手法を適用し、回遊や系群に関する情報を収集している。大型種で資源状態が悪いザトウクジラについては、資源への影響がない自然標識を用いて短期間での長距離の北上回遊を確認した。漁業で捕獲され資源が豊富なスジイルカ等の小型種については、沖合で船から突きん棒を用いて約600頭にダートタグを装着し、沿岸でのいるか漁業による標識の回収を待っている。中型種のハンドウイルカについては、追い込み漁業で捕獲した個体に新装着器具で衛星標識を取り付けて放流し、和歌山県沿岸から黒潮本流の中まで南下したことを追跡確認した。
遠洋水産研究所外洋資源部鯨類生態研究室
[連絡先]0543-36-6052
[推進会議]遠洋漁業
[専門]資源生態
[対象]ひげくじら・歯くじら
[分類]調査
[背景・ねらい]
多くの鯨類は沿岸から外洋まで広く分布し大規模な回遊を行う。また鯨類の保全と持続的利用のためには、資源の変動単位である系群を識別することが重要である。標識放流はこうした回遊や系群に関する情報を収集する有力な手法である。しかし鯨類は1m未満の小型種から数十mの大型種まであり、一般に運動能力が高くて分布範囲も広くてかつ国際的な規制もあってむやみに捕獲できない。こうした制約の下で、体表の傷跡等の自然標識による個体識別、ダートタグ等の標識-再捕、衛星標識を利用した追跡等の多様な標識手法を適用して、鯨類の回遊や系群に関する情報を収集する。
[成果の内容・特徴]
- 自然標識として使える体表の多数の傷跡が証拠となって、駿河湾の定置網に混獲されたザトウクジラが2週間前に鹿児島湾で目撃された個体と同一であると判定した。このザトウクジラは太平洋岸の970kmの距離を2週間弱で北上回遊したことになる(図1)。
- いるか漁業の突きん棒を応用して三陸沖~紀州沖において自然遊泳中のスジイルカ574頭、マダライルカ4頭及びハンドウイルカ2頭に船上から改良型ダートタグ(図2)を打ち込んだ。同時にいるかを捕獲している関係漁協に再捕報告の協力を依頼した。
- 和歌山県の追い込み漁業で捕獲されたハンドウイルカに開発したばかりの小型化装着器具で衛星標識を付けて放流し(図3)、和歌山県沿岸から黒潮本流の中まで南下することを追跡確認した(図4)。
[成果の活用面・留意点]
- 自然標識による個体識別は鯨類に無害とされることから欧米を中心にデータが蓄積されているが、長年に渡る地道な観察記録が必要であり、また外的な特徴がない個体や逆に加齢による傷が増加した個体には適用が難しい等の問題点もある。
- いるか漁業の突きん棒を応用すると標識を多数の個体に装着できた。しかし現時点ではタグは回収されておらず、漁業で捕獲される割合が低いことが原因と考えられるが、沖合と沿岸で系群が異なり交流がない可能性も否定できない。
- 衛星標識の装着器具は格段に小型化できた。装着の簡易さや追跡期間の延長を目指して現在も改良を続けている。
[具体的データ]
[その他]
研究課題名:鯨類標識調査及び衛星標識装着・放流調査(国際資源調査いるかグループ)、北西太平洋における重要鯨類の年齢査定と性成熟過程の分析(経常研究)、鯨類の目視発見率の再評価による資源量推定の高精度化(経常研究)
研究期間:平成13年度(平成13~17年度)
研究担当者:加藤秀弘、木白俊哉、岩﨑俊秀(鯨類生態研究室)
発表論文等:
- Iwasaki, T. and Kubo, N. (2001) Northbound migration of a humpback whale Megaptera novaeangliae along the Pacific coast of Japan. Mammal Study 26: 77-82.
- 岩﨑俊秀 (2001) 鯨類の衛星標識 日本哺乳類学会2001年度大会講演要旨集 p46.
- Iwasaki, T, Kai, Y., Tanakura, H. and Kato, H. (2001) Satellite tracking of two bottlenosedolphins driven to Taiji, Japan. Abstract for 14th Biennial Conference on the Biology of Marine Mammals p106.
- 岩﨑俊秀 (2001) 小型鯨類の衛星追跡 海洋と生物 137: 559-564.