国立研究開発法人 水産研究・教育機構

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まえがき

 平成30年に改正された漁業法では、漁業者の協定による水産資源の保存と管理についても明記しています。漁業資源の自主的な管理は、日本において古来より行われてきていた漁業者をはじめとした関係者のたゆまぬ工夫の積み重ねの歴史と、その実績を踏まえ、公的な管理の一部と位置付けられています。様々な要因によって日本の漁業生産量が長期的な減少傾向にあるなか、改正漁業法の下では漁獲量の上位80%を占める魚種にTAC 管理を導入することが目標として掲げられていますが、一方でTAC 対象魚種以外のすべての種の管理にあたって自主的かつ効果的な資源管理が重要な役割を果たすことになります。そのため、自主的資源管理は、科学的な知見に基づいて管理措置を策定すること、一定期間ごとの効果の評価・検証と公開が義務付けられ、必要によって管理措置の改善など、確実な効果とその向上を狙った制度として設計される必要があります。

 しかしながら現時点で、自主的な資源管理の取り組みの効果を検証する方法や、ヒントになりうる知見を具体的に記した参考となる資料が少ない状況にあります。このことを受け、このたび「自主的管理措置の実践とその効果検証に関する事例集」を作成しました。本事例集は、自主的管理に関する令和4年度までの水産庁事業で得られた成果を統合し、これまでの管理の取り組みの過程と、取り組みに対して調査・研究の結果が果たす役割を俯瞰することによって、都道府県の担当者など自主的な資源管理の取り組みの指導にあたられる方が特定の魚種に限らず参考とすることができるような構成を目指しました。事例集として事業の成果を再構成するにあたり、魚種別の課題については外部の専門家による解説と講評を加え、課題担当者はさらなる応用や留意点を加筆し、実用向きの内容となるよう留意しました。

 本事例集で扱う魚種別課題のうち、ズワイガニは日本における自主的資源管理の最も成功した例の一つです。日本海のズワイガニ漁業では自主的資源管理の取り組みの歴史は長く、管理措置の検討、管理措置の定量的な検証、検証結果に基づく管理措置の高度化のサイクルが継続されています。魚種と漁法が限定的で、漁業者団体が存在するなど比較的管理しやすい条件が揃っていることもあり、すでにTAC による公的な管理が導入されている種ではありますが、自主的な取り組みは現在も続けられています。一方、クルマエビは現時点ではTAC による管理の対象ではありません。また、クルマエビの伊勢・三河湾系群は資源評価の対象であって生息域全体で一定のデータ収集体制が構築されているのに対し、本事例集で扱うクルマエビ瀬戸内海系群は資源評価の対象外であるため、基本的なデータの収集も立ち遅れています。また、本種は成長しながら複数の県の海面にかけて広く回遊しますが、資源の管理は海面を管轄する県の単位で行われています。海面・陸上に限らず、生物は人間が設定した行政上の境界線とは無関係に分布しますので、資源の調査や管理についても行政上の境界線を越えて、生態的な特徴を念頭に置いた設計とする方が実効的と考えられます。しかしながら、調査や管理を進めるにあたり、予算・人員等コストの観点では行政上の境界線を無視することはできません。また、調査・研究で得られた知見に忠実な措置を設計しても、漁業者の理解を得にくいケースが往々にしてあり、資源研究の成果は実際の管理になかなか結びつきづらいのが現状です。そのため、資源の生態的な特性を優先した自主的資源管理へと高度化するために、どのようなことが可能なのかについても、外部専門家のご解説を踏まえ、独自に検討を行いました。この検討においては、研究機関としてやや踏み込んだ考察を行っています。

 最後に、本事例集の製作に加わっていただいた外部専門家の方々に心から感謝を申し上げます。三重大学生物資源学研究科生物圏生命科学専攻金岩稔准教授ならびに福井県立大学海洋生物資源学部海洋生物資源学科の山本昌幸准教授には、前身事業※で課題担当者として関わってこられたご経験を踏まえた魚種別課題の解説と講評を寄稿いただき、自主的資源管理の高度化に臨むための実用的な情報を備えることができました。また、石川県農林水産部水産課の藤原孝浩課長には、前身事業で国の担当者として関わってこられたご経験を踏まえ、資源管理のための行政上の制度についてご説明いただきました。今回の事例集作成では藤原課長にも執筆いただく予定でしたが、2024年1月に発生した令和6年能登半島地震により、石川県内の水産業に甚大な被害が生じた中、本事例集では2023年末のプロジェクト検討会でのスライドを掲載することといたしました。他にも、都道府県の担当の方にもご相談に乗っていただくなど、できるだけ現状を踏まえて、“今からできること”に焦点をあてることを意識しました。本事例集がこれからの我が国の水産資源の自主的資源管理を有効なものとするために、わずかなりともお役に立てれば光栄です。

水産研究・教育機構 水産資源研究所
水産資源研究センター 研究管理部
山崎いづみ


※令和2 年度まではEEZ 内資源・漁獲管理体制強化事業(資源管理計画等の高度化に関する調査事業),令和3 年度以降は自主的新たな資源管理システム構築促進事業(沖合・遠洋漁業における自主的資源管理体制高度化事業)。いずれも水産庁補助事業