有明海・八代海におけるシャットネラのシスト分布
「シャットネラ」は、夏季に我が国沿岸海域でしばしば赤潮を形成し、魚類養殖を中心に水産業に大きな損害を与える有害プランクトンです。近年では、有明海・八代海で大規模なシャットネラ赤潮が発生し、沿岸の養殖業に大きな被害が生じています。
これまでの研究から、シャットネラは「シスト」と呼ばれる休眠期の細胞(=陸上植物の“タネ”に相当する細胞)を形成し(写真1)、プランクトン(=栄養細胞)として海水中に出現する夏季以外の時期には、シストとして海底泥中に存在していることが明らかにされています。
瀬戸内海区水産研究所環境保全研究センターでは、調査船「しらふじ丸」等によって有明海・八代海の海底泥中におけるシャットネラのシスト分布調査を実施しています。本年(2017年)4月に新たに有明海・八代海で調査を実施し、結果が出ましたので、これまでの調査結果と併せてお知らせします。なお、図中のシスト分布密度は、海底泥1立方センチメートル中に存在するシスト数(cysts/cm3)です。
有明海 | 2010年5月のシスト分布密度(有明海図1) 2011年4月のシスト分布密度(有明海図2) 2014年4月のシスト分布密度(有明海図3) 2015年4月のシスト分布密度(有明海図4) 2016年4月のシスト分布密度(有明海図5) 2017年4月のシスト分布密度(有明海図6) |
八代海 | 2010年5月のシスト分布密度(八代海図1) 2010年10月のシスト分布密度(八代海図2) 2011年4月のシスト分布密度(八代海図3) 2011年10月のシスト分布密度(八代海図4) 2012年4月のシスト分布密度(八代海図5) 2013年4月のシスト分布密度(八代海図6) 2014年4月のシスト分布密度(八代海図7) 2015年4月のシスト分布密度(八代海図8) 2016年4月のシスト分布密度(八代海図9) 2017年4月のシスト分布密度(八代海図10) |
高感度調査 | 2016年4月のカレニア・ミキモトイ検出結果(高感度図1) 2017年4月のシャットネラ検出結果(高感度図2) 2017年4月のカレニア・ミキモトイ検出結果(高感度図3) |
赤潮とシスト分布密度との関係
大規模な赤潮が発生すると,海水中で多くのシストが形成されるため,海底泥中のシスト分布密度が高くなる傾向にあります。一方,赤潮が発生せず,海水中からのシスト補給がなければ,海底泥中のシスト密度は次第に低下していくと考えられます。我々は,2002年から八代海におけるシャットネラのシスト調査を継続しています。2011~2015年の4月におけるシスト平均密度は,2011年4月: 71 cysts/cm3,2012年4月: 23 cysts/cm3,2013年4月: 7 cysts/cm3,2014年4月: 10 cysts/cm3, 2015年4月: 5 cysts/cm3と減少傾向でした。しかし,2016年4月には102 cysts/ cm3と増加しました。前年度の夏季に小規模な赤潮が発生した際に,シストが形成,補給されたと考えられます。2017年4月の調査ではシスト平均密度は62 cysts/ cm3,最大シスト密度220 cysts/cm3(St.YK6姫戸沖)と減少していました(八代海図10)。ただし,分布域は八代海のほぼ全域にわたっており,八代海中央部および湾内では昨年よりも増加している海域が認められ,これらの海域では2016年夏季に発生した赤潮により,シストが供給されたことが推察されます。同時に実施した有明海での調査では,シスト平均密度は,98 cysts/ cm3,最大シスト密度は171 cysts/ cm3(St.11諫早沖)と昨年に比べて減少の傾向は認められましたが,近年の記録の中では高いシスト密度を保っています(有明海図6)。
有害赤潮プランクトンの高感度調査赤潮
シャットネラのシストは水温が上昇する春先に発芽することがわかっています。近年,シャットネラ細胞の初認日が昔よりも早くなり,5月上旬には海水中に栄養細胞が確認されるようになってきています。そこで,シストの分布調査と同時に,発芽した栄養細胞の分布を把握するため,低密度の細胞を高感度で検出できるLAMP法を用いて海水中のシャットネラ細胞の検出を試みました。その結果,2017年4月は八代海の1定点(St.YK22楠浦湾,12.5 m深)でシャットネラが検出されました(高感度図2)。このことから,4月の時点ですでにシストから栄養細胞が発芽し始めていることが示唆されます。
また,西日本沿岸域を中心に有害赤潮を形成するカレニア・ミキモトイの高感度調査を2016年から実施しています。八代海では2015年夏季にカレニア・ミキモトイ赤潮が発生し,漁業被害が発生しています。2016年4月に,LAMP法を用いて海水中のカレニア・ミキモトイ細胞の検出を試みたところ,有明海では検出されませんでしたが,八代海では広範囲で検出されました(高感度図1)。カレニア・ミキモトイはシャットネラとは異なり,シストを形成しないため,八代海では細胞が越冬している可能性が考えられます。2015年に続き2016年夏季にも八代海でカレニア・ミキモトイ赤潮が形成されました。2017年4月におけるLAMP法の結果は,前年と同様に有明海では検出されませんでしたが,八代海では中南部海域で広範囲に検出され(高感度図3),本種の越冬細胞が八代海に存在することが示唆されました。
以上の結果から,八代海では今後もシャットネラやカレニア・ミキモトの赤潮に警戒が必要であると判断されます。