調査の概要

1.調査の背景
  我が国の遠洋トロール漁業は,高度経済成長期の魚食需要増大を背景に大きく発展した.しかしながら,陸棚や海山などが存在する海域に依存して操業してきたことから200海里体制の定着後は,外国200海里水域における操業が大きく減少し,近年では,公海域の海山群水域が主漁場となっている.公海域の底魚漁業に関しては,脆弱な海洋生態系( VME) への影響評価と悪影響防止措置を関係各国に求める国連決議が2006年に採択された.このことを受け,我が国では,主漁場のひとつである北太平洋の天皇海山群水域における漁獲努力量削減・凍結を実施している.このような状況のなか,本漁業による水産物供給体制を維持するためには,国連決議に対応した操業形態の確立と,こうした操業が可能な新たな漁場の確保が必要となってきた.そこで,水産総合研究センター開発調査センターでは,インド洋南西部公海の海山群水域において関連情報の充実を図るため,2009〜2010年に中層トロール調査,2012年に着底トロール調査を実施した.
  インド洋は,太平洋,大西洋に次ぐ3 番目の大きさの大洋で,西をアフリカ,北をアジア,東をオーストラリアと東南アジア諸国で囲まれている.その面積は7,355万平方km で,地球表面水の約20%が含まれており,そのほとんどを深海域が占める.一方で多くの海嶺も存在し,主なものには,南西インド洋海嶺(South West Indian Ridge),マダガスカル海嶺(MadagascarRidge),中央インド洋海嶺(Mid-Indian Ridge),東経90度海嶺(Ninety East Ridge),ブロークン海嶺(Broken Ridge)がある(Bensch et al., 2008).このうち,調査対象としたのは南西インド洋海嶺およびマダガスカル海嶺であった.
  2009〜2010年の調査では,近年,底魚漁業における最大の懸念事項となっているVME に対する影響を中層トロール漁法導入により最少化し,かつ企業的操業が可能であることを実証した.この成果を受け,2010年以降,キンメダイ等を主対象として我が国の遠洋底びき網漁船が当該海域で操業を行っている.
  一方で,この海域を対象として関係国による加入・批准手続が進められていた南インド洋漁業協定(SIOFA)は,2012年6 月に発効し,具体的な保存管理措置(規制措置)の検討が開始された.そこで,2012年の調査では,当該海域において持続的でバランスの取れた操業形態を確立すること,および当該海域資源(漁場)の有効利用の観点から,中層トロール漁法では捕捉し得ない底生魚類資源を対象とする着底トロール操業の可能性について調査した.

2.調査実施の概要
(1)調査海域
  調査を実施したインド洋南西部公海域の南西インド洋海嶺とマダガスカル海嶺に含まれる海山群を図1に示す.


(2)調査期間
  2009年8月14日〜2010年1月9日(149日間)
  2010年4月1日〜8月26日(148日間)
  2012年11月5日〜2013年1月30日(87日間)

(3)根拠地及び陸揚げ港
  根拠地:宮城県仙台塩釜港,モーリシャス共和国ポートルイス港
  陸揚げ港:宮城県仙台塩釜港

(4)調査船
  1)2009〜2010年(中層トロール調査)
  第五十八富丸(金井漁業株式会社:国際トン数1,148トン,
  総トン数401トン)
  2)2012年(着底トロール調査)
  玉龍丸(佐藤漁業株式会社:国際トン数884トン,総トン数284トン)

(5)調査員及び乗組員
  蛯名儀富(中層トロール調査)
  平野満隆,山口 紘(着底トロール調査)

(6)操業の概要
  1)中層トロール調査
  2009年8月14日〜2010年1月9日の間には,3航海で89日間の調査操業を行い,1,409トンを漁獲し,2010年4月1日〜 8月26日には, 3航海で89日間の調査操業を行い,597トンを漁獲した.
漁獲した魚類は9目21科29種であった.
主要な漁獲物はキンメダイBeryx splendens であり,マダガスカル海嶺および南西インド洋海嶺南西部が主漁場となった.次いで,ミナミクサカリツボダイ(新称)Pentaceros richardsoni,ミナミクロメダイSchedophilus velaini,ナンキョクメダイHyperoglyphe antarctica が多く漁獲された.曳網深度はおよそ300〜800 m であった.魚探反応の観察より,キンメダイは夜間に浮上し,朝方は海底近くまで下降する傾向が顕著であった.そこで,朝方は反応の下降を待ち受け,夕刻は海底付近からの反応浮上を待ち受けることで魚群の鉛直方向への動きに対応して操業した.また,海山斜面域の水深800〜900 m の大水深域において探索を行ったが,反応は乏しく漁獲は僅少であった.
  2)着底トロール調査
2012年11月5日〜2013年1月30日における漁場滞在期間は,探索,漁場移動を含め28日間で, この間に21日間で34網の操業を行い,約30トンを漁獲した.漁獲した魚類は10目20科25種であった.中層トロールと着底トロールでの共通種は8種であり,両者合計で46種が確認された.
  使用した漁具構成の制約上,探索範囲を水深800 m 以浅の海域に限定した.南西インド洋海嶺を北側から順次南下しながら海山の海底地形および魚群探索の調査をおこなったが,海底の凹凸が嶮しく,底びき網を着底させる箇所もごく僅かな範囲しかなく十分な調査曳網はできなかった.マダガスカル海嶺において,いくつかの海山で比較的平坦なところがあり,着底びきが可能と判断し曳網を行った.しかし,曳網範囲も限られており,繰り返しの曳網で魚群の反応は少なく漁獲は少量にとどまった.
  主要な漁獲物はミナミクサカリツボダイおよびキンメダイであり,次いでオオヤセムツEpigonus telescopus,ミナミクロメダイが比較的多かった. (山下,平野,高橋,越智)